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極楽寺本堂(ごくらくじほんどう)

 当寺は、海抜693メートルの山頂にある真言宗寺院である。寺伝によると、天平(てんぴょう)3年(731)、巡錫(じゅんしゃく)の途中の行基(ぎょうき)が当山の大杉を刻んで千手観音(せんじゅかんのん)像を作ったのがおこりで、大同元年(806)には、弘法大師が開眼供養したという。中世には、桜尾(さくらお)城主藤原氏や大内氏・毛利氏などの信仰を集めていた。
 本堂は、「極楽寺浄土王院諸叩(ひかえ)」所収棟札などから、永禄5年(1562)、毛利氏によって再興されたことが明らかである。日野法界寺阿弥陀(あみだ)堂によく似た平安朝風の感じのする軽やかで、調和のとれた建物である。桁行(けたゆき)・梁間(はりま)各3間の母屋は、禅宗様仏殿の形式をとる。方形造りの屋根は、杮(こけら)葺きで、その下には和様の裳階(もこし)を付けている。山頂の厳しい風雨のためか、近世にはしばしば補修が行われた。
 当寺の蔵する銅製鰐口(わにぐち)には、「奉施入鰐口芸州佐西郡極楽寺常住」「明応(めいおう)二年(一四九三)癸丑五月朔日  本願明賢大工久信敬白」の陰刻銘を有するが、当本堂の前身建物に懸けられていたものであろう。
 本堂・鰐口ともに県重要文化財に指定されている。
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