文化をめぐる−広島県の文化資源−

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下本谷遺跡(しもほんだにいせき)

 中国縦貫自動車道の三次インターチェンジを出ると、すぐに丘陵を切断して北方の市街地に通ずる道路にいたる。この丘陵を削った道路の場所が、下本谷遺跡の主要部分である。
 昭和49年(1974)に道路建設に伴う調査によって、4時期にわたる堀立柱の建物18棟、柵5条、土坑などが検出された。これらは正殿を中心にコの字形に建物を配し、これを柵で囲んだもので、地方官衙庁院部の整然とした建物であることが明らかとなった。この場所は、古代の三次郡にあること、酒屋とう地名が郡衙の1部を示すことなどによって、本遺跡は古代の三次郡衙跡とみられる。
 出土遺物は多くはないが、緑釉(りょくゆう)陶器、須恵器、土師器、須恵器転用の硯(すずり)などがあり、これも官衙の遺物としてふさわしい。現在道路西側の崖上に、西副屋(そえのや)とみられる1棟と棚列が保存されている。
 また、北方の谷を挟んだ丘陵上には、鍛冶滓を出土する古代の遺構があり、郡衙に付属した工房の1部と考えられる。
 道路西側の丘陵頂部のやや平坦な場所では、姶良Tn火山灰層の下部あたりから、流紋岩、水晶などの石器や剥片類がまとまって出土している。約2万年前頃とみられる先土器時代(旧石器時代)の遺跡である。
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