文化をめぐる−広島県の文化資源−

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平和大通り(へいわおおどおり)

 原爆ドームと慰霊碑を縦軸に、シンメトリックな構図を描く平和記念公園の南に接し、デルタの町を東西に貫く。総延長は約3キロメートル、幅は、“100メートル道路”の通称と一致する。
 命名は昭和26年(1951)、昭和40年(1965)5月にやっと全通した。廃墟の町に緑を―という市民の献木運動や世界各地からの寄贈もあった。そこで国際平和文化都市、メッセ・コンベンション・シティにふさわしい公園道路が出来上がった。
 花壇と噴水が点在するプロムナードを歩くと、そこかしこに鎮魂の碑がたたずむ。平和大通りの前身は、太平洋戦争の末期、軍都を守るために造られた防災空間である。7つの川と幅100メートルの防火ベルトで、B29爆撃機の焼夷(しょうい)弾攻撃による延焼を食い止めるはずであった。16,000戸の立ち退き作業には、軍需工場への動員を免れていた旧制中学、高等女学校の1、2年生が駆り出され、老人、女性の義勇隊員とともに数千人が犠牲となった。
 廃墟の中から不死鳥のようによみがえったヒロシマ。毎年のゴールデンウィークには、平和と生きる喜びをうたいあげるフラワーフェスティバルが、この通りを主会場に繰り広げられる。
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