広島県の文化資源画像

春の城(はるのしろ)

 「汽車が広島へ近づく時の気持を、耕二は好きであった。瀬野の長い峠をブレーキの音を立てながら、列車は何度も大きくカーヴを描いて下りて行く。・・・・・・」
 主人公小畑耕二は作者の分身である。作者の郷土広島への愛着が素直に描出されており、川とともに暮らした広島人の生き様描写へと続いている。
 物語は大学の文学部学生である主人公が卒業と同時に海軍に入り、軍令部を経てシナ方面艦隊司令部に移り、漢口で敗戦。翌年、父や恩師、恋人が原爆の犠牲となった郷里広島に帰り、犠牲者の三回忌を迎える。この間7年余り。激変の時代に揺れながら一つの青春の姿が鮮明に造形されていく。
 「75年人が住めないと噂に聞いて来た土地に、空地という空地を埋めて、麦がすくすくと育ち、天を指して鋭い穂を見せ始めていた事だけで、彼にはすべてを償ってあまりある歓喜であった」
 これは復員後、焼け跡に立った主人公の感慨である。作者の郷土愛がにじんでいる。
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