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種田山頭火・俳句(たねださんとうか・はいく)

 あけはなつや満山のみどり
 放浪の俳人・種田山頭火が昭和14年(1939)4月、広島の友人に誘われて、三原の仏通寺を訪ねた時の作。境内の木立の陰にその句碑がある。
 “旅日記”には「山声水声雨声、しづかにもしづかなるかな、幸にして山崎益州老師在院、お目にかかることが出来た。精進料理をいただきつつ、対談なんと六時間、隠寮はきよらかにしてあかるし」とある。
 あてどないさすらいの旅の中の心静かな一日であった。
 母の自殺、酒癖、破産、そして妻子を捨てての出家“砕けた瓦”のようになって、昭和15年(1940)松山の一草庵で泥酔急死するまでの行乞放浪の人生のすべては、あるがままの自由律俳句と日記類に残され、今なお追憶されつづけている。
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