文化をめぐる−広島県の文化資源−

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藺草の円座(いぐさのえんざ)

 畳表の原料である藺草の栽培とその加工の歴史は古い。高野山領大田庄関係建久5年(1194)の文書に「半畳十二帖」とあり、すでに当時藺草の栽培と加工が行われていたことが推定される。下(くだ)って永正16年(1519)に遠州弘佐郡東浜名村の高栖寺住職玉庵が、郷里の備後国沼隈郡今津村から藺草を持ち帰って境内の池辺に移植したと伝えるから、すでに当時沼隈郡の藺草栽培はかなり盛んであったと思われる。
中国地方真宗教団発祥の地であった山南(さんな)の光照寺は、天正年間(1573〜91)に300枚もの畳表を本願寺の依頼に応じて調達したのであった。このような状況を考え合わせると、当時盛んに使用されていた円座も、この地で産出していたことが十分に推定できる。
近世に、日本一の声価を持つ備後表が生産されたが、畳表にならない短い藺草は、円座や座布団などの敷物に製造されていた。現在でも、上山南菅田地区では、老人や主婦が円座作りをしながらふれあいを深めている。
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