現在、国や地方公共団体では、有形文化財（美術工芸品や建物など）、無形文化財（演劇・音楽や工芸技術など）、民俗文化財（風俗慣習や民俗芸能及びその用具など）、記念物（遺跡・名勝地・動植物・地質鉱物など）など、歴史上人や自然が形成し、学術的に貴重なものを文化財として指定し、保護している。
天然記念物とは、動物、植物、地質・鉱物などの自然物のうち、学術上貴重で、国や地域の自然を知る上で欠かせないもので、手付かずの自然だけでなく、人と自然との関わりの中で生み出された独特の自然物も保護の対象とされている。これらのうち、世界的に又は国家的に価値が特に高いものは、特別天然記念物に指定される。
広島県では、１６件が国の天然記念物として指定されている。指定された天然記念物は、海から山まで広域に分布し、広島県の自然環境の多様性を映し出している。
（各ジャンルでの順は指定年月日順)
オオサンショウウオ（指定地：地域を定めず）
▲オオサンショウウオ
日本の固有種で、現在地球上に生存する最大級の両生類。生きた化石として世界的にも価値が高く、特別天然記念物に指定されている。中部〜九州地方が分布域で、なかでも広島県は代表的な生息地であり、主に山間部の清流に生息している。
性質はおとなしく、一生の大半を水中で生活する。水中の岩下やほら穴の中にひそみ、水中で出会う動物なら何でも食べる。夏、小流の深所にじゅず状の卵塊を産み、幼生は４〜５年後に成体となり、最大で体長１．５ｍに達する。
ナメクジウオ生息地（指定地：三原市幸崎町）
ナメクジウオは原索動物だが、その中で唯一脊椎の原形といえる脊索があり、脊椎動物である魚への進化の中間に当たる動物と考えられ、動物進化・発生学上貴重な存在である。
体は扁平な紡錘形、体色は淡桃色、体長約５ｃｍである。わが国では中部地方以南の太平洋側の砂浜、砂礫底に生息する。中でも幸崎町にある有竜島の南西に干潮時に出現する砂浜が著名な生息地として指定されたが、近年、生息数が減少している。
スナメリクジラ廻游海面（指定地：竹原市高崎町)
▲スナメリクジラ廻游海面
スナメリクジラは、イルカの一種で、体長約１．５ｍ、くちばしは丸く、背びれがない。地方名はゼゴンドウ。生息域はインド洋、太平洋等である。指定地である竹原市阿波島の近海では例年1月下旬頃に現われ、繁殖した後、５月頃に離散する。
イカナゴを好んで食べ、かつては、スナメリクジラが捕食のため追い立てて群集したイカナゴを狙って集まったタイやスズキを釣る「ゼゴンドウ漁」と呼ばれる漁法があり、冬季に釣りにくいタイ等をもたらす存在として地域で大切に愛護された。
アビ渡来群游海面（呉市豊浜町）
▲アビ渡来群游海面
ここで述べるアビは、アビ科の鳥の総称で、地方名はイカリ鳥。冬に南下し日本近海に現れる渡り鳥である。指定地付近には毎年２〜５月にかけて多数渡来する。
この辺りでは古くから、アビに追われたイカナゴを狙って群集するタイやスズキを釣る「イカリ網代漁（あじろりょう）」が行われた。漁は、アビの群れを数十隻の漁船が囲んで行い、漁師は漁に欠かせないアビを手厚く保護した。なお、アビは広島県鳥である。
ヤマネ（地域を定めず）
ヤマネは、一属一種の日本固有種で、日本列島の動物相の性質を知る上で貴重な種である。一見リスに似ているが、頭胴長約８ｃｍ、尾は約５ｃｍとリスよりずっと小さく、四肢も短い。本州・四国・九州の山岳地帯に広く分布しているが、その分布域は年々狭められている。県内では西中国山地のブナ林・ミズブナ林帯を主な生息域とする。
烏骨鶏（うこっけい）（地域を定めず）
羽毛の小羽枝が離れていて羽面を示さず、羽枝が柔らかで長い。頭部に毛冠が後方に直立する桑実状の冠がある。性質は温順で就巣性が強い。原産地はアジアである。
烏骨鶏が日本に渡来したのは江戸時代の寛永年間（１６２４〜１６４４）と言われる。現在、本県にはかなり飼育されていて、オコッケイ、オケラ、オケラコウ等と呼ばれている。
瀰山（みせん）原始林（指定地：廿日市市宮島町）
▲瀰山（みせん）原始林
瀰山の北斜面は、古来厳島神社の社叢として保護され、原始林的様相を保っている。林内はモミの大木が多く、頂上付近はツガ林が発達し、常緑広葉樹林も著しい。林内には、これらの樹木のほか、ミヤジマシモツケ・ミヤジマカエデなど固有の植物も生育している。
この原始林は、わが国の暖・温帯林の代表的なものとして価値が大きいことに加え、宮島の景観にとっても重要な要素となっている。
沼田（ぬた）西のエヒメアヤメ自生南限地帯（三原市沼田西町）
▲エヒメアヤメ
高さ１５〜３０ｃｍの多年草で、毎年４月下旬頃にスミレ色の美しい花が咲く。中国東北部・朝鮮半島での分布が知られ、日本では最初の発見地にちなんで命名された。
沼田西町には自生地が数ヵ所あり、そのうちの一つが指定されている。いずれもアカマツ林の疎林地で、陽当りのよい場所に多く見られる傾向がある。
忠海八幡神社社叢（竹原市忠海町）
この社叢は、モッコク・クスノキ・ウバメガシなどの高木や、ネズミモチ・ヒサカキなどの低木からなる。そのうち、アジアの暖地固有の常緑広葉樹であるモッコクが６０本以上群生し、群落生態学上一つの単位として貴重な群叢である。最大の個体は目通り幹囲１．９ｍで、モッコクでは県内有数の巨樹である。
熊野の大トチ（庄原市西城町）
▲熊野の大トチ
生育地の少ない西南日本に所在する全国有数の巨樹である。
本樹は、大羽川の左岸の川岸斜面にあり、根元は空洞となっているが樹勢は盛んである。根回り周囲１２．２０ｍ、樹高約３０ｍで、根元から2本の支幹（目通り幹囲９．６０ｍ、５．５０ｍ）に分れているが、全国有数の巨樹である。
比婆山のブナ純林（庄原市西城町・比和町）
▲ブナ純林
ブナ林は日本の冷・温帯に発達する代表的森林である。中国地方では、海抜約９００ｍ以上で発達するが、人の手が加えられていない脊梁部の山々でないと見ることができない。
比婆山は神域として長く保護されてきた歴史があり、頂上付近には老大木も見られる。純林としての林相がよく整い、西日本有数のブナ林である。
大朝のテングシデ（山県郡北広島町）
▲テングシデ
指定地付近にのみ生育するイヌシデの変種で、枝が蛇状に著しく屈曲する。突然変異によって生じた形質が遺伝的に固定され、種子による世代交代も行われている。
テングシデはその独自の形状から、畏敬、時には禁忌の対象となり、大切に保護された結果、特異な遺伝形質を持つ樹木の群落が残されたことは、学術的にも貴重である。
船佐・山内（ふなさ・やまのうち）逆断層帯
（船佐逆断層帯−安芸高田市高宮町、山内逆断層帯−三次市畠敷町〜庄原市山内町）
▲船佐・山内（ふなさ・やまのうち）逆断層帯
第四紀の地殻変動を示すもので、中国山地や瀬戸内海の成り立ちを知る上で貴重である。
船佐逆断層帯は、東西２ｋｍわたり露頭が点在し、白亜紀の花崗岩が第三紀中新世及び第四紀初期の地層の上に、北に約３０度で衝上している。
山内逆断層帯は、１６ｋｍにわたり確認されている。白亜紀の火成岩(ひん岩等)が第三紀中新世及び第四紀の地層の上に、北に５２度で衝上している。
※ 白亜紀（約１億４３００万〜約６５００万年前）、第三紀中新世（約２５００万〜約５２０万年前）、第四紀（約２００万年前〜現代）
久井・矢野（くい・やの）の岩海
（久井の岩海−三原市久井町、矢野の岩海−府中市上下町）
▲久井・矢野（くい・やの）の岩海
巨岩が谷間を埋める独特の景観で知られるが、その成り立ちは異なる。
久井の岩海は３条の谷に花崗閃緑岩の巨大岩礫が帯状に累積している。これは谷底の岩盤が風化により分割され、岩礫化したものである。
矢野の岩海は閃雲花崗岩の岩礫が厚さ７ｍ以上、延長７０ｍに及び累積する。これは谷頭や尾根上の岩盤が風化して谷底に崩壊転落し、岩礫化したものである。
押ケ峠（おしがたお）断層帯（山県郡北広島町・安芸太田町）
▲押ケ峠（おしがたお）断層帯
断層が尾根を横切るところでは、浸食されやすい断層線(帯)の部分が窪地となり、ケンルンコル(断層凹地)に、切り離された尾根はケルンバット(断層丘陵)となる。
押ヶ峠断層帯は太田川上流左岸に位置し、断層線に沿ってケルンコル及びケルンバットがそれぞれ４個並ぶ。断層線はさらに北東及び南西方向に延びて総延長２０�劼傍擇屐�このような典型的な断層地形は、わが国では他に類例が少なく、学術上価値が高い。
雄橋（おんばし）（庄原市東城町）
▲雄橋
名勝帝釈川の谷（帝釈峡）にかかる石灰岩の天然橋である。帝釈峡は石灰岩洞窟の天井が抜け落ちて形成されたもので、雄橋・雌橋の天然橋は、その一部が残されたものといわれている。
雄橋は、全長約９０ｍ、幅約１８ｍ、厚さ約２４ｍ、河床からの高さ約４０ｍで、橋背は、かつて東城から庄原へ通じる旧街道となっていた。規模も雄大で学術的にも貴重な存在である。
